コラム

顧客が買っている価値、理解していますか?

売れない時代だからこそ大切なこと

商品やサービスがなかなか売れない時代だ。将来への不安もあって、消費者の財布の紐は相変わらず堅い。私が自動車会社でマーケティングを担当していた20年前から、マーケティングの理論は進化している。その進化は、成熟した市場で何とか売っていこうと苦しんだ結果であるようにも思える。

マーケティングは、競合に勝つために重要なものだ。従って、教科書通りではなく、競合とは敢えて違う動きをすることもある。しかし、普遍的に押さえるべきことがある。それは顧客が買う理由となる“顧客にとっての価値”を軸とすることだ。

“顧客にとっての価値”という軸足を固めることで、売れない時代でも堅実に売っていくことができる。今回は、顧客にとっての価値への理解を高め、成熟した市場において業界をリードしていくための考え方やヒントを紹介したい。

車を修理に出した顧客が受け取った価値とは何か?

次のようなケースで、“顧客にとっての価値”について考えてみよう。

ある男性が車で会社に向かっていると、車が突然止まってしまった。キーを回してもエンジンがかからない。男性は仕方がなく、いつも利用しているディーラーに電話をかけた。たまたま店の近くだったので、20分ほどで運搬用のトラックがやってきた。後は任せて男性は会社に向かい、1時間遅れで出社した。昼過ぎに車が直ったとの連絡があったので、帰りにディーラーに立ち寄って自宅に帰った。夕食を食べながら、妻とそのことについて話をしていた。

妻: 「週末に実家に帰る予定だったから、今日で良かったわね。」
男性:「そうだね。仕事への影響も少なくて済んだし、良かったよ」
妻: 「あの車を買ってから随分経つわね。そろそろガタがくる頃なのかしら。」
男性:「そうなんだ。もう8万キロ近く走っているし、次の車検の前に買い替えるか」
妻: 「でも、来年の車検まではまだ1年ちょっとあるでしょ? 大丈夫なのかしら。。。」
男性:「そう言えば、今日は壊れた部品についての説明は受けたけど、寿命だったのか、使い方が悪かったのか、原因について聞かなかったなぁ。他のところは大丈夫なのかと言われると、ちょっと不安だなぁ。」

このケースで、男性がディーラーから得たのは、どのような価値だろうか? また、得られなかったのは、どのような価値だろうか?

 
顧客にとっての価値

まずは、この男性が得た価値について考えよう。価値と言うと、難しく感じられるかも知れない。顧客を主語として「~できる」「~できるようになる」という文章をつくると、考えやすくなる。男性は車の故障を直してもらった。車が直ったことでどうなったのかを考える。車に乗ることができるだけではなく「車で移動できる」という文章ができる。これが、男性が受け取った価値になる。

商品の企画やマーケティング戦略を考える際に、“顧客にとっての価値”は非常に重要となる。機会があれば詳しく紹介したいが、価値を構造的に捉えることで、イノベーションにつながるアイデアを形にすることも可能である。

それでは、この夫婦の会話から読み取れる、受け取れなかった価値は何だろうか?

負担が軽減されるという価値

モノやサービスを利用する際に、負担はつきものである。主に、対価を払うことによる「経済的な負担」、体力を使う「肉体的な負担」、最後に気持ちの部分である「精神的な負担」の3つがある。こういった負荷を減らすことも顧客にとっての価値になる。先ほどのケースでは、車の故障は直ったが、この先の故障に対する不安な気持ちが残ってしまった。このような不安をなくすような対応はできなかったのだろうか? 例えば、次のようなことを言われたらどうだろうか?

「この部品は、今くらいの距離で壊れることがあります。前回の車検の時に交換をお勧めするべきだったかもしれません。申し訳ありませんでした。」

さらに、最後に次の様に聞かれたらどうだろう?

「他に何か気になっているところはありませんか?」

このような対応をされることは少ないように思う。専門的な知識やスキルが身につくほど、お客様も知っているだろうと考えてしまうのかも知れない。しかし、「車を直すこと」だけが価値だと、狭く捉えていないだろうか?

人を介して提供するモノやサービスほど、提供している価値が多様になる

専門的な知識がベースにあるものや、嗜好性が高くて高価なものほど、人を介して売る必要がある。そのようなものほど、商品やサービスに付随した価値が広がり、多様化していく。その人だからこそ提供できるという属人的な価値も多くなる。今回は売れない時代に売ることがテーマなので、営業の例も紹介しよう。

筆者が自動車会社時代に受けた営業所での現場研修で体験したことが、今でも印象に残っている。営業課長が電話で、「今度新しい軽(自動車)が出るのですが、何台くらい買っていただけますか?」と言っていたのを偶然耳にした。なんと商品の説明は一切なしである。その後、その課長の営業に同行させてもらえたので、移動中に色々話を聞くことができた。

商売を営むお客さんには、車を購入するのではなく、リースを使うことのメリットも伝えてきた。そのために税金について相当勉強したそうだ。つまり、「節税できる」「節税のための知恵が得られる」といった価値を提供していたのである。

また、営業所は東京都大田区にあったので、町工場も多かった。そのお客さんに商用バンの荷室につける棚を作ってもらって、他のお客さんに提供してもらうような仲介もしていたのだ。つまり、工場のお客さんは「売上が得られる」という価値を得て、棚を買ったお客さんは「商売の作業がしやすくなる」といった価値を得ることができる。

どのようなビジネスでも営業担当者の売り上げにはバラつきがあるものだ。売っている人は、商品の説明がうまいというより、商品を説明する前段階の関係づくりがうまい。人それぞれの長所を活かし、価値を出しやすい顧客にはしっかりアピールしている。顧客に喜ばれる価値が加えられることで、安定して商品やサービスが買ってもらえるのだ。

企画サイドと現場サイドの溝が深まるほど、売れない状態に陥る

特定の商品をいかに買ってもらうかというマーケティングもあるが、拠点や拠点で働く人々をいかに地域に必要な存在にしていくかというマーケティングもある。本社や本部で商品に関わっている人と顧客との接点である現場にいる人では、立場や認識が異なってくる。私自身、自動車会社で商品のマーケティングを担当していたが、「この商品のここをアピールしてほしい」とか「このように説明してほしい」といったことを現場に押し付けていたように思う。現場が提供している価値や現場にとってのマーケティングを意識していたら、もっと良い仕事ができただろうと反省している。

【図表】価値が顧客に提供されるまでの流れ

図1

「売れない時代」では、企画サイドと現場サイドの信頼関係は崩れやすくなる。企画サイドは「この商品を売ってくれ」「なぜ売れないのか?」と言い、現場サイドは「売りにくい」「もっと良い商品はないのか?」と言い返す。
気がつかないうちに「なぜ売れないのか?」という不毛な議論が多くなる。なぜ不毛かというと、売れない理由と顧客が買う理由は完全に合致しないからだ。また、売れない理由について議論すればするほど、その原因をつくっている犯人が誰なのかを考えるようになる。企画サイドと現場サイドの信頼関係悪化に拍車をかけてしまうのである。

成熟し、縮小していく国内市場における勝者とは?

人口が減少して国内市場は縮小していく。地域の人口が減っていくと、その地域にある拠点の収支が合わなくなってくる。一方、人口が減っている中でも手堅く収益を確保している拠点もある。それは地域に根差した基盤を確立しているところである。そのような拠点では、顧客が求める価値を考えてサービスや拠点の運営方法を変化させている。これまで大手チェーンは、一律のサービスやマニュアル的な業務を課して、サービスレベルの底上げに注力してきた。これからは、拠点の個性を活かすことが求められてくるだろう。方針を大きく転換するチャレンジだが、そのようなチャレンジに挑み、粘り強く取り組めた企業が成熟し、縮小する国内市場を制するはずである。

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●大國仁(おおくに・じん)

東 京工業大学大学院修了後、三菱自動車工業でマーケティング戦略策定や新型車の立ち上げに関わる。戦略系コンサルティング会社のジェミニ・コンサルティング (現Pwcストラテジー)などを経て、2002年11月ジェネックスパートナーズの設立に参画。大手サービス業や自動車メーカーなどに対して、シックスシ グマ・ウェイを活用した全社変革支援を経験して独立。学生時代はファミリーレストランで5年間アルバイトとして働いた経験があり、業績の良い店舗と悪い店 舗を運営する店長の違いについての実体験をもってサービス業を支援している。

●株式会社ACWパートナーズ
企業の永続的な成長を、パートナーとして支援する経営コンサルティング会社。
社員の方々が自律的に動き、組織として成功体験を積みながら、自社独自のウェイを強めていくための各種サービスを提供する。
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